【宝 島】
皆様 日々お疲れ様です★ハムマネです
伊敷さんのブログ 皆様ご覧になられましたか?★

結果が出なくて悩んだ時の気づき
悩んでいるのは「余裕がある」から 落ち込んでいるとき、悩んでいるとき。そんなとき、私たちは「余裕がない」と感じがちです。 だけど、ふと気づいたのです。本当に余裕がない時って、悩んでいる暇すらない。 朝から晩までやるべきことに追われていたり、何かに夢中で没頭しているとき、私たちは悩んでいる暇なんてありません。 ということは、、、、、悩んでいるということは、実は余裕がある証拠なのです。 ひえー😇その事に気付いた時、耳が痛かった😇💦 だったらその時間を「悩み続けること」に使うより、「動き出すこと」に使った方がいい。 浮かんできたインスピレーションを小さくてもいいから、形にしてみる。実際に“行動”というカタチにしてみる。 これは、内に眠る男性性のエネルギー。「思考」から「実践」へと自分を動かしていく力です。 悩んでいるエネルギーを、行動へと変換していくと、いつの間にか心が軽くなっていく。そしていろんな事が回り始める(動き始める)のです。 そのことを、私は何度も体験してきました。 神様の視点で問いかけてみる 頑張って…



勝ち確(勝ち確定)
コンプレックスと嫌悪感 女性として生まれた私。 思春期あたりからこの女性らしさというものにコンプレックスと嫌悪感を持っていました。 ですが、思い返してみると幼少期の頃は全くそんな事はなく 寧ろ女性らしさに憧れを持っていました。 丸みのあるフォルムやおっぱい。 バブル時代のミニスカートを履いてふわふわの扇子を持って、くねくねと踊るお姉さん達に魅力を感じていて、私も大きくなったらあんな風になる‼︎と密かに思っていました。 ところがどっこい成長するにつれて大人の女性に近づくどころか 幼少期に憧れていた女性像とは程遠く、肉が付かない貧相な身体にコンプレックスな顔。 異性から外見に対してからかわれる度、可愛い女の子が特別扱いをされるのを見るたび 私は「じゃない方」「女性として価値がない」のだと自己否定が止まリませんでした。 そんな私は女性としての自信と憧れをゴリゴリ削りながら成長していきました。 だけど今度は成長するにつれて、異性として見られる事に嫌悪感を持ちはじめました。 相手に優しくされても、そこに性的な意識(女として意識している)を感…



幸不幸解釈論🍎
私は自分の人生を不幸だと思った事がありません。 それは幸せな事ばかりの人生だったから、、、、というわけではありません。 大変な事、辛い事も沢山ありました。 辛いことなんて当たり前に沢山あった 幼少期から、きょうだい児(障害があるきょうだいを持つ)ヤングケアラーで 小学生の時から姉のトイレ介助もしていました。生理のナプキンの使い方を初めて覚えたのは姉の時で 夏の暑い時は特に、蒸れる他人の血や便の匂いを我慢するのに必死でした。 だけど、汚いとか臭いとか、そんな感情を持つ事はいけない事のような気がしていて、何も感じないように振る舞っていました。 「お前が変なのはお姉ちゃんが障害者だからだ」 自分の個性のせいで、クラスメイトに姉のことを引き合いに出された時 周りと違うものを選んだ時、変だとといじめられたりした事で 自分の生まれ持った感性や個性が、全て良くないものだと実感してから 自分を否定する事が当たり前になり、みんなと同じ、普通になろうと頑張っていた時期もありました。 ヤングケアラーの経験から、「相手の為に生きること」「自己犠牲」は私の生き方の…
伊敷さんが実践してきたこと 経験したことからの
願望実現の思考 パートナーシップについて 自己肯定感の考え方
その他にも様々な人生に効く内容が盛りだくさんです!


“私のもやもやこれだ!“
“なんでこんなに的確に言語化してくれるんだろ“
“誰もこんなこと言ってくれなかった“
“わたしも頑張れるかもしれない“
などなど 何か発見や幸せのきっかけに出会えるかもしれません。是非覗きに来てくださいね★
伊敷さんの愛溢れるブログやSNSの記事
本当にいろんな方に届いてほしいなと日々願っています。


ブログなどからキラキラとしたポジティブな印象を受けるかと思いますが
伊敷さん 以前は今と180度違うマインドを持っていました
優しさゆえに 起こること全てを(いいことも悪いことも)受け入れていました
それゆえに傷つくことも多く その傷すらも自分の糧として取り込んでいく
心の中は 修行僧?魁漢塾?のような伊敷さん。
(女性らしく軽やかな印象の彼女からは想像しにくいですよね)


苦しくてもそれを絵に昇華させるんだと 歯をくいしばるような姿も何度も見てきました。
それから何年もかけて 私が私の一番の理解者である そして私を私が一番大切にする
様々なセルフラブをずっと実践し続けてきました。(書ききれない沢山の苦労や出来事はありますが)
何が言いたいかと言いますと最初からセルフラブができていたわけじゃないということです。


様々なことにずっと向き合ってきたことは
伊敷さんじゃなきゃやり切れなかったかもしれない
でも決して 伊敷さんが特別なわけではないです
私も変わりたい と思ったのであれば その方にもできるのです。
自分を抱きしめる セルフラブ 聞こえも耳障りもいいですが 腹決めは必要で
決めて 向き合うことができれば 今と違うところで生きることが誰でもできる。
そしてどんなことを自分が思っても どんと受け止める いいよ!としてあげられることができれば 生きたいところへ行けるはず。
もし誰かに否定されたとしても 自分だけはYES!最高の決断だよ!と
自分は言えるのがセルフラブかもしれないですね。
そしてそれをし続けると 周りもYES!と言ってくれるようになります。
すでにもう なんでもできる気がしませんか?


私も 周りと違わないように 親の言う通りに ちゃんとするがマイルールで生きてきました。
伊敷さんのセルフラブから学び 伊敷さんにもYES!と何度も言ってもらいました。
(どんなことも否定せず 何を言っても伊敷さんはYESマンでした)
今は 親の言う通りにしてないのに 親にも応援してもらって
そして 周りと違うかもしれないし ちゃんとはしてないかもしれない
それでもやりたいからやる。
今までは計画が第一だったのに 全て見切り発車です。
それでも 大きなYES! と 自分にGO! をだすことを決められるようになりました。


自分の理想の生き方の 小さな一歩ですが 私にとって大きな変化です。
伊敷さんのセルフラブ 皆様にも体感してほしいなと思います★



結果が出なくて悩んだ時の気づき
悩んでいるのは「余裕がある」から 落ち込んでいるとき、悩んでいるとき。そんなとき、私たちは「余裕がない」と感じがちです。 だけど、ふと気づいたのです。本当に余裕がない時って、悩んでいる暇すらない。 朝から晩までやるべきことに追われていたり、何かに夢中で没頭しているとき、私たちは悩んでいる暇なんてありません。 ということは、、、、、悩んでいるということは、実は余裕がある証拠なのです。 ひえー😇その事に気付いた時、耳が痛かった😇💦 だったらその時間を「悩み続けること」に使うより、「動き出すこと」に使った方がいい。 浮かんできたインスピレーションを小さくてもいいから、形にしてみる。実際に“行動”というカタチにしてみる。 これは、内に眠る男性性のエネルギー。「思考」から「実践」へと自分を動かしていく力です。 悩んでいるエネルギーを、行動へと変換していくと、いつの間にか心が軽くなっていく。そしていろんな事が回り始める(動き始める)のです。 そのことを、私は何度も体験してきました。 神様の視点で問いかけてみる 頑張って…



勝ち確(勝ち確定)
コンプレックスと嫌悪感 女性として生まれた私。 思春期あたりからこの女性らしさというものにコンプレックスと嫌悪感を持っていました。 ですが、思い返してみると幼少期の頃は全くそんな事はなく 寧ろ女性らしさに憧れを持っていました。 丸みのあるフォルムやおっぱい。 バブル時代のミニスカートを履いてふわふわの扇子を持って、くねくねと踊るお姉さん達に魅力を感じていて、私も大きくなったらあんな風になる‼︎と密かに思っていました。 ところがどっこい成長するにつれて大人の女性に近づくどころか 幼少期に憧れていた女性像とは程遠く、肉が付かない貧相な身体にコンプレックスな顔。 異性から外見に対してからかわれる度、可愛い女の子が特別扱いをされるのを見るたび 私は「じゃない方」「女性として価値がない」のだと自己否定が止まリませんでした。 そんな私は女性としての自信と憧れをゴリゴリ削りながら成長していきました。 だけど今度は成長するにつれて、異性として見られる事に嫌悪感を持ちはじめました。 相手に優しくされても、そこに性的な意識(女として意識している)を感…



幸不幸解釈論🍎
私は自分の人生を不幸だと思った事がありません。 それは幸せな事ばかりの人生だったから、、、、というわけではありません。 大変な事、辛い事も沢山ありました。 辛いことなんて当たり前に沢山あった 幼少期から、きょうだい児(障害があるきょうだいを持つ)ヤングケアラーで 小学生の時から姉のトイレ介助もしていました。生理のナプキンの使い方を初めて覚えたのは姉の時で 夏の暑い時は特に、蒸れる他人の血や便の匂いを我慢するのに必死でした。 だけど、汚いとか臭いとか、そんな感情を持つ事はいけない事のような気がしていて、何も感じないように振る舞っていました。 「お前が変なのはお姉ちゃんが障害者だからだ」 自分の個性のせいで、クラスメイトに姉のことを引き合いに出された時 周りと違うものを選んだ時、変だとといじめられたりした事で 自分の生まれ持った感性や個性が、全て良くないものだと実感してから 自分を否定する事が当たり前になり、みんなと同じ、普通になろうと頑張っていた時期もありました。 ヤングケアラーの経験から、「相手の為に生きること」「自己犠牲」は私の生き方の…

